2012年6月

レバノン週報(2012年6月25日〜7月1日)

南部レバノンの都市サイダー。

今週も日中は30度を超す暑い日が続いている中、シーア派組織「ヒズブッラー」を巡る動向に注目が集まっている。一つには、6月27日発行のレバノンの英字紙「デイリー・スター」において、シリア反体制武装勢力の有力組織である「自由シリア軍」を率いるアスアド指導者の話として、ヒズブッラー・メンバーがシリア中部の都市ホムスなどで戦闘に従事しているとの報道が出たからである。アスアド指導者はまた、重武装のヒズブッラーの車列をシリア国内で見かけたとも話しており、アサド政権支持を明言している同組織故に、いかにもありそうな話ではあるが、真相は謎である。

他方で、レバノンの治安面から憂慮されているのが、南部の都市サイダーに拠点を有するスンナ派の聖職者アシール氏の動向である。

ヒズブッラーの武装解除を求めるアシール氏のインタビューが先週に、レバノンのテレビ局「アル=ジャディード」で放映されたことに対して、6月25日夜には同テレビ局に対する襲撃事件が発生した。犯人は直ぐに拘束されたが、今度はこれに抗議する動きが同日深夜に生じ、ダウンタウンやハムラー地区を含む、ベイルート中心街においても古タイヤが燃やされるなどの事態となった。筆者はこの騒動に全く気付かなかったが、ヒズブッラーの関係者が抗議活動に出たとの報道がなされている。

なお、アシール氏はシニオーラ元首相や共和国ムフティーのカッバーニー師ら、スンナ派の大物政治家や宗教指導者からの、抗議活動中止を求める声が出ているにもかかわらず、ヒズブッラーの武装解除を求める座り込みを支持者とサイダーで続けている。ベイルートからサイダーを通り、スールなどの南部レバノンを結ぶ高速道路脇で行い、時折は支持者が道路上で古タイヤを燃やしていることから、交通に支障が出ている模様である。けれども、現時点では政治的な支援が充分得られていないことを理由に、レバノン国軍が強制執行に着手していないことから、スンナ派とシーア派の緊張状態を高める作用を持つアシール氏の動きが、レバノンの治安状況に与える影響が懸念されている。

※ 写真:2012年6月撮影
ベイルートから車で40分程度の距離にある、南部レバノンの都市サイダー。
宗教的には「保守的な」土地柄であるが、海辺には魚料理を食べさせるレストランが立ち並んでいる。

レバノン週報(2012年6月18日〜6月24日)

シリア情勢の影響を様々な形で受けているレバノンにおいて、スンナ派とアラウィー派(シーア派の一部とされている)の関係が悪化していることは、これまで触れてきた通りである。こうした中、レバノンでは自衛のために武器を購入する需要が高まっており、ロシア製のカラシニコフ銃の価格が現在は2000ドル(シリアにおける反体制運動開始前の価格は900〜1000ドル)になったと報じられている。また、RPG(Rocket Propelled Grenade:携帯式対戦車弾発射器)の価格が、以前の70ドルから1500〜2000ドルに値上がりしたとも報告されている。カラシニコフ銃やRPGは何れも、北部の都市トリポリなどで生じた対立に使われていることから、これらの武器に関する上向きの価格動向は、レバノンの治安面におけるマイナス要因となろう。

他方では、シリア・レバノン国境の警備が手薄な上に、帰属が曖昧な地点が存在していることから、シリア国軍が時折越境して反体制勢力を追撃しているが、レバノン側に入り込んだ勢力には「イスラーム過激派」が含まれている模様である。過激派勢力が、ビッリー国会議長やシニオーラ元首相、治安関係機関のトップなどを暗殺の対象としていると報じられている中、同国会議長は警告を真剣に受け止めるべきだと述べており、これも懸念材料となっている。

なお、日中は30度を超す気温が続いている状況の下、電力不足が深刻な問題となっており、一部地域では頻繁に停電が発生している。ジェネレーターを持っている住宅やオフィスは停電中も家事や仕事などが出来るが、そうでない場合は暑さの中で用事が捗らない状況に耐えることが必要となる。ベイルートでは、南部における電力不足が深刻な様相を呈しており、同地域がベイルート国際空港(正式名称はラフィーク・ハリーリー国際空港)と市内中心部を結ぶ高速道路に隣接していることから、同道路上で古タイヤを燃やし、通行止めをもたらすなどの抗議活動がしばしば行われている。南ベイルートにシーア派が多く居住することから、同派を軸とする組織の「アマル運動」を率いるビッリー国会議長と、「ヒズブッラー」の中心人物であるラアド議員は今週半ばに、こうした形態の抗議活動を非難する声明を発した。以後、多少なりとも落ち着きを見せているようであるが、電力不足解消の目処は今年も立っていないので、暑さが本格化する7月以降の動向が気にかかるところである。

レバノン週報(2012年6月11日〜6月17日)

レバノンでは最近、シリア情勢の影響を受ける形でスンナ派とアラウィー派(シーア派の一部とされている)の関係が悪化しており、北部の都市トリポリを中心に武力対立が発生している。こうした中でスライマーン大統領は6月11日に、レバノンの抱えている重要問題を話し合うために、同国の主要な政治・宗教指導者が参加している「国民対話会合」を、2010年11月4日の中断後に初めて召集した。今回の会合では、レバノンにおける政情を悪化させないために、指導者が対話にコミットしていくことや、宗派対立を煽るような演説を差し控えることなどが合意された一方、議長のスライマーン大統領が今回の会合における中心議題として据えていた国家防衛戦略は、6月25日に開催予定とされている次回の会合に持ち越しとなった。

けれども、国家防衛戦略はシーア派組織「ヒズブッラー」やパレスチナ系組織などの、政府管轄外の武器保有問題と密接に関わっているため、スンナ派組織「未来潮流」が率いる「3月14日連合」と、ヒズブッラーが率いる「3月8日連合」との間で、これまでに解決が見出されていないイシューである。また、未来潮流を代表して参加したシニオーラ元首相と、ヒズブッラーを代表して参加したラアド議員が今回の国民対話会合において、トリポリなどにおけるスンナ派とアラウィー派の武力対立に関する原因を巡り、舌戦を繰り広げたことから、国家防衛戦略に関して次回の同会合で何らかの合意が得られる可能性は、早くも望み薄になっている。未来潮流サイドが6月12日の声明においても、ヒズブッラーの武装問題に国民対話会合が取り組まない限り、同会合は無意味であると主張しているのに対して、ヒズブッラー側は自らの武器保有を前提とした上での、防衛戦略立案を望んでいることから、両者の溝を埋めるのは容易ではない状況にある。

ところで、シリアにおける政権側と反政府側の武力対立は、経済面においても同国とレバノンの関係に影響を与えている。レバノンの英字紙「デイリー・スター」は6月12日付で、レバノンからシリアにむけての輸出が、本年1月から4月にかけて17%増加したこと、及び同期間における輸出額が7400万ドル(昨年の同時期は6830万ドル)に達したことを報じた。シリアでの戦闘状況が、同国における小麦や野菜、果物の生産に影響を及ぼしている中、同国からレバノンに向けての輸出は、本年1月から4月にかけて19.5%減少したと報じられている。シリアに派遣されている国連停戦監視団のトップが6月12日に、同国が「内戦状態」にあると発言し、また今週末には同監視団の活動が安全上の理由から休止に追い込まれるなど、同国を取り巻く情勢は悪化する一方である。輸送路の安全確保の問題と密接に関係することから、シリア・レバノン間の輸出入基調が今後どのような展開を見せるのか、シリア情勢の先行きを占う上でも注目していく必要があろう。

このように、シリア情勢は様々な形でレバノンに影響を及ぼしているものの、ベイルートの街中は以前と変わらずに平穏である。けれども、夏の本格的観光シーズン中にもかかわらず、オフィス周辺を歩いている観光客の数が例年よりも少ないような印象をうけており、観光面からレバノン経済に与える影響も気がかりである。

レバノン週報(2012年6月4日〜6月10日)

「殉教者広場」で行われた、シリアのアサド政権支持のデモ風景

レバノンでは今週も引き続き、シリアのアレッポ近郊におけるシーア派レバノン人誘拐事件や同国におけるスンナ派とシーア派の対立問題、「国民対話会合」が関心を集めた。

5月22日に発生した誘拐事件に関しては、シリア反体制派の一味が関与している模様であるが、高齢者や子供は直ぐに解放された一方、残る11名は現在に至るまで拘束されている。ミーカーティー首相が先週の5月30日から翌31日にかけて、シリア反体制派との関係が深いトルコへの訪問を行い、エルドアン首相らと会談した後、6月4日にはギュル大統領の上級補佐官が、トルコは人質に関する新情報を何ら得ていない、との声明を発した。

アラブの衛星放送「アル=ジャジーラ」が6月9日にこの11名の映像を流した際には、彼らが健康を害していないことは確認されたが、解放の目処は依然として立っていない状況にある。シリア反対派のプラットフォーム組織である「シリア国民評議会」のガリユウン前議長は6月10日の、サイダー新議長が任命された後の記者会見において、同評議会が解放交渉から手を引く意向であることを表明したが、サイダーが今後どのような対応を取るのか、見守る必要があろう。しかしながら、イスタンブルを拠点とするシリア国民評議会は、国内の反体制勢力に大きな影響力を有していないと見られていることから、自らの組織の限界を認めた発言とも受け取れよう。

なお、レバノン北部の都市トリポリにおいては、シリア情勢の影響を受けたスンナ派とアラウィー派(シーア派の一部とされている)の武力対立が最近頻繁に発生しているが、先週末にこれまで最大規模の衝突が発生した以後は、時折の銃撃戦が依然として続いている他、アラウィー派の商店が襲撃されるなどの事件が起きている。更に、レバノン北部のシリア国境地帯においては、スンナ派とアラウィー派双方が誘拐事件を繰り広げており、こうした襲撃や誘拐といったケースも含め、宗派対立が他の地域で顕在化しないかどうか、レバノン内外で懸念されている。

スライマーン大統領はこうした中で、2010年11月4日以来中断されている「国民対話会合」を、6月11日に召集することを決定した。レバノンの抱えている重要問題を話し合うために、主要な政治・宗教指導者が参加している国民対話会合であるが、議長のスライマーン大統領は国家防衛戦略を今回の会合における議題の軸に据えている。しかしながら、このイシューはシーア派組織「ヒズブッラー」やパレスチナ系組織などによる、政府管轄外の武器保有問題と密接に関わっており、スンナ派組織「未来潮流」が率いる「3月14日連合」と、ヒズブッラーが率いる「3月8日連合」との間で、これまで解決が見出されていない問題である。また、「野党」の3月14日連合側は既に、ヒズブッラーやパレスチナ系組織の武装問題に加え、3月8日連合を軸とするミーカーティー内閣の辞任や、2013年に予定されている国会議員選挙を睨んだ「中立的な」内閣の樹立といったイシューが、国民対話会合で取り上げられることを要求する覚書をスライマーン大統領に手渡している。3月8日連合と3月14日連合の対立点が基本的に、妥協点の見出しにくい性質のものであるため、国民対話会合に対立する勢力の指導者が集まることは、レバノン情勢の緊張緩和に多少なりとも貢献するであろうが、争点となっているイシューに関して、両連合が共に納得のいく形で解決がもたらされる可能性は低いと言えよう。

※ 写真:2012年3月撮影
JaCMESオフィス近くの「殉教者広場」で行われた、シリアのアサド政権支持のデモ風景(本年3月半ば撮影)。
シリア情勢は悪化しているが、ベイルートでは最近、「親アサド」、「反アサド」のデモ共に行われていない模様である。

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