2013年7月

レバノン週報(2013年7月22日〜2013年7月28日)

欧州連合(EU)は7月22日、シーア派組織「ヒズブッラー」の「軍事部門」を「テロ組織」として認定した。米国やイスラエルのケースとは異なり、EUの決定はヒズブッラーそのものをターゲットにするものではないが、同組織は反発を強めており、22日には早速に非難声明を出すに至った。昨年7月にブルガリア東部のブルガスにて、イスラエル人観光客らが乗車していたバスが爆発した事件にヒズブッラーが関与しているとされ、また最近では同組織がアサド政権に協力する形でシリアに戦闘員を送り込んでいるとの文脈の下でなされた決定であったが、ヒズブッラーの内部では「政治部門」と「軍事部門」の区分けが明確ではないと見られている。こうしたことから、EU関係者は翌23日以降、ヒズブッラーと近しいビッリー国会議長やマンスール外相と会見するなどして、EU・ヒズブッラー関係に与える影響を最小限に留めようとする動きに出た。

さて、スライマーン大統領が7月16日に、同国の主要な政治・宗教指導者から成る「国民対話会合」を近々招集する予定であることを明らかにしたところ、ヒズブッラーを率いるナスルッラー書記長が早速に参加の意向を表明したことは、先週に報告した通りである。その後7月23日になって、ヒズブッラーと対立関係にあるスンナ派組織「ムスタクバル潮流」を率いるハリーリー前首相が、国民対話会合に参加する意向はあるものの新内閣の樹立が先であるとの見解を明らかにした。だが、肝心の新内閣は4月上旬に首相職に任命されたサラーム議員による組閣努力が、主にヒズブッラーによる「挙国一致内閣」の要求と、ムスタクバル潮流による「テクノクラート内閣」の要求により、頓挫した状態が続いている。シリア情勢の影響を受ける形で、レバノンの治安状況に様々な懸念が生じていることから、国民対話会合開催の重要性は高まっているものの、その実現にはいましばらくの時間を要するであろう。

レバノン週報(2013年7月15日〜2013年7月21日)

オフィス近くのローマ時代の遺跡(ローマ風呂)。

最近二週に渡り、キリスト教徒主体の政治組織「自由国民潮流」を率いるアウン党首の動きに焦点を当ててきたが、今週もその延長で同党首は興味深い動きを見せた。自由国民潮流が「3月8日連合」勢力に属しているにも拘らず、アウン党首は「3月14日連合」勢力の重要な後ろ盾であるサウジアラビアとの関係構築に取り組んでいる。事実、アウン党首が駐レバノン・サウジアラビア大使の訪問を7月2日に受け入れたのに引き続き、同国を近々訪問する予定との報道が今週出るに至った。

他方、アウン党首がスライマーン大統領と軌を一にする形で、国会が現職議員の任期を17ヶ月延長したことに対して「憲法評議会」に異議申し立てを行ったことから、3月8日連合を率いる主流シーア派組織「ヒズブッラー」との関係がやや微妙なものになりつつある中、7月8日にはヒズブッラーと自由国民潮流サイドが共に、「戦略的パートナーシップ協定」(2006年2月に締結)に基づく関係を維持していく旨表明した。

さらに15日には、アウン党首がヒズブッラーのナスルッラー書記長と4時間に渡って会談したと報じられるに至った。会談の詳細は明らかにされていないが、アウン党首は21日に発表されたコメントにおいて、ヒズブッラーの武装や同組織がアサド政権側に協力する形でシリアに戦闘員を送り込んでいることに関して引き続き理解を示していることから、3月8日連合に属しつつも、来年5月に予定されている大統領選挙を睨んで3月14日連合との関係改善に動いているのであろう。アウン党首は現在78歳という高齢にもかかわらず、大統領選挙への自らの立候補を依然目論んでいるとされているが、娘婿であるバーシール・エネルギー水資源相の擁立も想定されるところとなっており、何れにしても同選挙においてキー・パーソンになりそうである。

さて、ヒズブッラーによるシリア情勢への介入は、先週の7月9日に同組織が拠点を有する南ベイルートで自動車爆弾が爆発し、翌日にはシリアで「反アサド」の闘争を繰り広げている武装集団の側から犯行声明が出たことに象徴されるように、レバノンに様々な影響をもたらしている。こうした中で、ヒズブッラー戦闘員をシリアへ向けて輸送中の車列を狙った待伏せ事件がレバノン・シリア国境地帯(とりわけビカーア平原)で頻発しており、今週は16日に発生した。被害は何れも軽微なものに留まっているものの、世界遺産のバアルベックを擁する同平原で事件が発生していることから、シーズン中にもかかわらず観光客の出足は鈍いようである。

なお、スライマーン大統領は7月16日に、シリア情勢の影響を受ける形でレバノンの治安状況に懸念が生じていることに鑑み、同国の主要な政治・宗教指導者から成る「国民対話会合」を近々招集する予定であることを明らかにした。ヒズブッラーを率いるナスルッラー書記長が19日に国民対話会合に参加する意向であることを表明する一方、シーア派組織「アマル運動」の指導者でもあるビッリー国会議長は21日に、3月14日連合の中核を成すスンナ派組織「ムスタクバル潮流」を率いるハリーリー前首相に対して、レバノンへ帰国して同会合に参加するように訴えた(同前首相は辞任後、身の安全を理由にしてパリやリヤードなどに滞在している)。ハリーリー前首相がどのような動きを取るのか、今後注目されよう。

※ 写真:2013年5月撮影
オフィス近くのローマ時代の遺跡(ローマ風呂)。
背後の左側の建物はオスマン帝国時代、19世紀後半築の「サライ」を改修してつくられた首相府。

レバノン週報(2013年7月8日〜2013年7月14日)

レバノンにおいてはシーア派が7月9日から、スンナ派が10日からそれぞれラマダーンをスタートさせた。こうした中で9日には、シーア派組織「ヒズブッラー」が拠点を有する南ベイルートで自動車爆弾が爆発し、少なくとも53人が負傷するという事件が発生した。南ベイルートにおいては、5月25日の「解放記念日」(2000年の同日にイスラエル軍がレバノン南部からの撤退を完了)にロケット弾が撃ち込まれ、4人が負傷するという事態が既に起こっていたことから、レバノン人の多くが自国の治安状況並びに先行きに関する不安を高めることになった。いずれの事件も、ヒズブッラーがアサド政権側に協力する形でシリアに戦闘員を送り込んでいることに対する反体制側からの報復とされ、事実7月10日には武装集団から前日の犯行を認める声明が出るに至った。

爆弾事件そのものに関しては、レバノンにおいて相対立している「3月8日連合」勢力及び「3月14日連合」勢力共に一様に非難を行ったが、3月14日連合側は7月10日に、ヒズブッラーによるシリア情勢への介入こそが事件を引き起こすことになった、とする声明を発した。シリアにおける反体制武装勢力がスンナ派を主体とし、他方でヒズブッラーがシーア派を主体とすることから、シャルビル暫定内務相は事件発生直後に現場を訪れた際に両宗派間の対立を扇動するものとの見解を表明する一方、専門家の多くも同様な指摘を行った。だが、幸いにして事件の余波は生じず、日常生活には何ら支障が生じることはなかった。

さて、キリスト教徒主体の政治組織「自由国民潮流」を率いるアウン党首がスライマーン大統領と軌を一にする形で、国会が現職議員の任期を17ヶ月延長したことに対して「憲法評議会」に異議申し立てを行ったことから、3月8日連合における主流シーア派組織(ヒズブッラー並びに「アマル運動」)とアウン氏の関係がやや微妙なものになりつつある、とのことを先週に報告した。この件に関しては今週、ヒズブッラーと自由国民潮流サイドが共に、「戦略的パートナーシップ協定」(2006年2月に締結)に基づく関係を維持していく旨表明した(7月8日)。

他方、アマル運動を率いるビッリー国会議長は任期延長において主導的な役割を果たしたことから、同議長は9日に、アマル運動と自由国民潮流との関係解消、更には3月8日連合そのものの崩壊といったことまで発言するに至った。ビッリー国会議長はまた同日に、3月8日連合側がこれまでにアウン党首の要求に沿う形で新内閣における「拒否権」(3分の1を超える大臣の辞任が当該内閣の崩壊を導く、とレバノン憲法第69条に規定されていることに鑑み、24人内閣が想定されている中では最低9人が同連合出身者であることを要求)に関して、同連合が崩壊した以上それを今後は求めない意向であるとの見解も明らかにした。ビッリー国会議長のこうした発言を受けて、4月に首相職に任命されたサラーム議員は組閣に向けた話し合いを11日に再開したが、来週には何らかの進展が見られるのであろうか。

レバノン週報(2013年7月1日〜2013年7月7日)

ミートボールのさくらんぼソースがけ(「カバーブ・カラズィー」)。

南部の都市サイダーにおいては、スンナ派の聖職者アシール氏及びその支持者らがシーア派組織「ヒズブッラー」の武装維持とアサド政権支持を声高に非難すると共に、ヒズブッラー関係者に対する挑発行為を繰り返していた。そこで、レバノン政府軍が治安維持の観点からアシール氏の支持者逮捕に踏み切ったところ、6月23日から翌日にかけて両者の衝突がサイダー郊外のアブラーで発生し、双方に多数の死傷者が出たことはこれまでに報告してきた通りである。この事件が今週も国内の関心を集める中、レバノン政府軍とアシール氏らとの衝突が発生する前に、ヒズブッラーの側が同氏を殺害しようとしていた、との報道が7月2日に出るに至った。

これに対してスンナ派は特に目立った行動を起こさなかったものの、レバノン政府軍兵士並びにヒズブッラー・メンバーらが協同して作戦を展開し、その過程でアシール氏の支持者のみならずサイダーの住民を暴行していた、との出張をスンナ派は繰り返している。同派の重鎮でもあるシニオーラ元首相が7月7日に改めて、アブラーでの衝突に関する調査を政府に要求する一方、ヒズブッラー関係者らはこのようなシニオーラ側の動きに対する批判を強めているが、幸いにして双方の支持者同士の衝突は押さえられている。

他方、今週はキリスト教徒主体の政治組織「自由国民潮流」を率いるアウン党首が興味深い動きを見せた。アウン党首が、ヒズブッラーを率いるナスルッラー書記長と「戦略的パートナーシップ協定」を2006年2月に締結したことに象徴されるように、自由国民潮流は「3月8日連合」勢力の重要な一角を占めてきた。だが、アウン党首がスライマーン大統領と軌を一にする形で、国会が現職議員の任期を17ヶ月延長したことに対して「憲法評議会」に異議申し立てを行ったことから、3月8日連合内の主流シーア派組織(ヒズブッラーや「アマル運動」)との関係がやや微妙なものになりつつあるようである。とりわけ、アマル運動を率いるビッリー国会議長が任期延長において主導的な役割を果たしたことから、両者の関係に隙間風が吹いているとの評も出るようになっている。

こうした中で、アウン党首が駐レバノン・サウジアラビア大使の訪問を7月2日に受け入れたことが注目された。と言うのも、サウジアラビアは「3月14日連合」勢力の重要な後ろ盾となっているからである。また、アウン党首がスライマーン大統領を3月14日連合寄りであるとしばしば評するにもかかわらず、両者は3日に会談し、政治・治安問題を協議した。アウン党首が3月8日連合と距離を置く兆候が出ているのではないか、との観測もなされたが、他方で同党首は6日に、ヒズブッラーによるアサド政権支持を擁護すると共に、戦略的パートナーシップ協定を維持していく旨表明した。アウン党首は現在78歳という高齢にもかかわらず、2014年5月に行われる予定の大統領選挙への立候補を目論んでいるとされていることから、そろそろ「中道」をアピールし始めているのであろうか。

※ 写真:2013年5月撮影
ミートボールのさくらんぼソースがけ(「カバーブ・カラズィー」)。
甘酸っぱいソースが肉によく合っていた。東ベイルートのアルメニア・レストランにて。

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