2011年5月

レバノン週報(2011年5月2日〜5月8日)

ミーカーティーは1月25日の首相任命以来、「3月8日連合」勢力を軸とする新内閣の樹立に向け、各政治勢力の指導者らと調整を図ってきているが、形成にはまだまだ時間がかかりそうである。ビッリー国会議長は5月3日に、内閣不在の現況を「ぞっとする」と形容したが、他方で4日には、内務地方行政大臣のポストを巡る対立が早急に解決されないならば、ミーカーティーが「事実上の政府」の樹立を宣言する意向である、との報道が出た。しかしながら、3月8日連合の中で、最大の議席数を擁するアウン「自由国民潮流」勢力党首が4日に、こうしたミーカーティーの動きを非難したこともあり、ビッリーは5日の会談において、ミーカーティーを説得した。この結果、内閣不在状況は解消されなかったが、8日にはシーア派組織「ヒズブッラー」の関係者2人が、内閣樹立に関する楽観的な発言を行った。

この背景にはビッリーや、ヒズブッラーを率いるナスルッラー書記長らが5月7日に、ダマスカスでシリア政府関係者らとの会談を持ったことがあった。確かに、「親シリア」の3月8日連合を軸として樹立される予定の新内閣だけに、アサド政権による国内問題(反体制勢力との対峙)への注力が、レバノンにおける内閣形成プロセスに悪影響を与えてきていることは事実である。こうした中で、7日の会談は内閣形成を巡る膠着状態の解消にとって、決してマイナスとなるものではないものの、他方でその主要因とされているのが、シリアと緊密な関係を有しないアウンによる、内務地方行政大臣のポストに関する要求であることから、シリアによるこうした動きが内閣樹立に向けた動きを大幅に加速化させることは、残念ながら期待出来ないであろう。なお、このポストに関するスライマーン大統領とアウンの対立は、当初の大統領側が「側近」のバールード暫定大臣の続投を望み、アウン側が自派出身者の登用を望むといったものから、双方に受け入れ可能な人物を模索するものにトーンダウンしているものの、各々が主張する人物に関する合意が成立しない状態が続いているものである。

シリア情勢はこのようにレバノン政治にも影響をもたらしているが、5月9日にはレバノンの英字紙「デイリー・スター」が、同国の武器闇市場においてシリア向けの需要が高まっている、との記事を掲載した。レバノンへ非難してくるシリア人がいる反面、レバノン在住シリア人が家族を案じて帰国する動きもある中、彼らの一部がシリアの反体制勢力に武器を密輸しているとの嫌疑が持たれている。事の真偽は分からないが、一在住者としては武器市場の動向がレバノン社会に悪影響をもたらさないことを願っている。

レバノン週報(2011年5月9日〜5月15日)

新内閣の樹立が実現されない中、ジュンブラート「進歩社会主義者党」党首は5月9日、自らが率いる議会会派の、「3月8日連合」との協力解消を示唆する発言を行った。ジュンブラートは元々、「3月14日連合」に属していたが、2009年8月以降に同連合と距離を置くようになり、現在は「中立派」を自称している。本年1月における新首相任命プロセスにおいては、両連合の議席数が拮抗する中、3月8日連合に属する「ヒズブッラー」や「アマル運動」、「自由国民潮流」らに同調する形で、ジュンブラート率いる議会会派がミーカーティーに対する支持を表明した結果、同氏が首相に任命された経緯がある。ジュンブラート発言は故に、ミーカーティーの首相任命そのものの正当性を揺さぶるものである一方、新内閣の早期樹立を3月8日連合側に促す意図を持っていたが、結果的には意図された効果を持つことなく、今週も終わってしまった。

このように、新内閣の樹立は延期され続けているが、他方でシリアにおいてアサド政権が反体制勢力に対する攻勢を強めている中、レバノンに避難してくるシリア人の数は増しているようである。レバノン北部においては、一日に数百人単位でシリア人が流入していると言われており、5月15日にはレバノン国境から眼と鼻の先にあるシリアの町で負傷した同国人2人が、レバノン側に逃れた後に病院に担ぎ込まれたが死亡した。また、シリア軍の兵士がレバノンへの逃亡を図った際に、仲間から撃たれたケースも発生している。アサド政権を支える「三本柱」(他はバアス党、治安関係機関の総称であるムハーバラート)の一つである国軍において、これまで少数ながら脱走や命令拒否の動きが生じているが、今後はどうなるであろうか。

さて、レバノン北部の国境地帯はシリア情勢の影響で落ち着かなくなっているが、南部では5月15日に、イスラエル側による発砲でパレスチナ人10人が死亡し、112人が負傷した。当日は「ナクバ」に関連して、イスラエル建国に抗議するパレスチナ人の行事がアラブ世界各地で行われ、シリア領ゴラン高原でもイスラエル軍からの発砲により犠牲者が出たが、レバノン南部ではパレスチナ人デモ隊の一部が、イスラエル国境に設置してある有刺鉄線に向かったことにより、同国からの武力を伴う対応を招いたようだ。サァド・ハリーリー暫定首相は同日に、イスラエルの対応を非難する声明を発したが、イスラエル軍の南部レバノンからの撤退記念日(5月25日)に向け、同軍が国境付近におけるプレゼンスを強化した矢先に行った出来事であった。これから25日に向け、レバノン・イスラエル国境の緊張度が高まることが予想されることから、地域情勢の推移には一層注視したい。

レバノン週報(2011年5月16日〜5月22日)

ミーカーティーを首班とする新内閣の樹立は延期されているが、その主要因とされているのがアウン「自由国民潮流」党首の、内務地方行政大臣ポストを筆頭とする組閣陣容に関する要求であると言われている。しかしながら、アウンは同ポストを巡って対立を続けているスライマーン大統領のみならず、「組閣の意志がない」としてミーカーティー次期首相に対する非難も行ってきているため、現在のところミーカーティーとアウンの間に直接的な接触はない模様である。組閣に向けた話し合いは時折中断されながらも、ミーカーティー、並びにビッリー・「アマル運動」書記長(国会議長)とナスルッラー・「ヒズブッラー」書記長2人の側近らを軸になされ、その内容がヒズブッラー関係者によってアウンに伝えられているようである。故に、関係勢力による協議プロセスが長くなる結果を生じさせているが、かといって「3月8日連合」勢力の「後ろ盾」であるシリアのアサド政権による仲介も、現時点では期待出来ない状況が続いている。

というのも、アサド政権は3月半ば以来、国内における反体制勢力と対峙しており、またアウンは3月8日連合に属しながらも、同政権との関係がそれほど強くないことから、シリアによるアウンに対する何らかの説得が実現される可能性は乏しいからである。更に、シリアがレバノンにおける影響力を確保する上では、シーア派勢力であるアマル運動やヒズブッラーのみならず、キリスト教勢力との関係も重要であることから、「反シリア」の傾向が強いマロン派の中では貴重な「親シリア」のスタンスを取り、かつ議会第二党である自由国民潮流を率いるアウンとの関係は貴重な「資産」となるため、両者間の元来の「薄い」関係はさておいても、アウンを刺激することを避けたいとの思惑も、アサド政権には存在しよう。

以上のことは、シリアがレバノンにおいて新内閣が早期に樹立されることを望んでいることを前提に書いているが、他方では反体制勢力に対する弾圧を続けるアサド政権に対する国際的な制裁が強化される中で、同政権がレバノン情勢、特に内閣樹立に関する膠着状態を「人質」にして、米国や欧州諸国と何らかの取引を望んでいるとの見方も出ている。しかしながら、バッシャール・アサド大統領と最近も会談していると言われているジュンブラート「進歩社会主義者党」党首が、5月16日にも内閣の早期樹立を促す声明を発していることから、この「取引説」の妥当性はあまりないであろう。

なお、レバノン北部にこれまで避難してきたシリア人は5000人を超えると言われている中、5月19日に双方の国軍が国境を閉鎖した模様である。この結果、避難民の流入は完全に止まったと報道されているが、彼らの一部が学校などでの避難生活を送っていることから、人道面での早急な対処が必要な状況になっている。

レバノン週報(2011年5月23日〜5月29日)

「3月8日連合」勢力を軸とする新内閣の樹立が延期され続けている中、ミーカーティー新首相は同連合からの閣僚候補者リストの提出を待っているようである。しかしながら、同連合に属する主要組織の「自由国民潮流」、「アマル運動」、「ヒズブッラー」間の調整も進んでおらず、仮にこれら組織間で合意がなされた場合も、スライマーン大統領やミーカーティー、ジュンブラート「進歩社会主義者党」党首らの「取り分」と調整しなければならない状況である。更に、レバノン政治における慣例として、キリスト教徒とムスリムの閣僚数を同じにしなければならない上に、内務地方行政相、国防相、財務相、外務在外居住者相といった「重要ポスト」に関しては、マロン派、ギリシャ正教、スンナ派、シーア派に1つずつ割り振らなければならないことから、複雑な「方程式」を解かなければ「解」(内閣樹立)にたどり着けない状態にある。

こうしたことから、3月8日連合の「後ろ盾」であるシリアの仲介に期待する声もあるが、アサド政権が反政府勢力との対峙を続けている状況では難しいのが現実である。本年1月において、ミーカーティーの首相任命に大きな貢献をしたジュンブラートは最近、内閣樹立の遅れに関して3月8日連合を非難する発言を行ってきているが、5月27日にはヒズブッラーを名指しで非難した。ヒズブッラー側は29 日に、先のジュンブラート発言を否定したが、このイシューがここ数年改善されてきている両者の関係にどのような影響をもたらすのか、注目されるところである。

さて、ヒズブッラーは5月25日の「解放記念日」に、ビカア平原の村で記念式典を開いたが、ナスルッラー書記長は安全上の理由から、会場に設置された巨大なビデオ・スクリーンを通じて声明を発出した。式典そのものは午後5時からスタートしたが、ナスルッラーは午後5時半から7時前まで演説をし、レバノン内政に関しては「テクノクラート内閣」の樹立に反対との立場などを表明したが、他方でパレスチナ問題や米・イスラエル関係(特にオバマ・ネタニヤフ会談)、バハレーンにおけるシーア派問題など、地域情勢に関しても取り上げ、参加者たちは直射日光が照りつける中、ビデオ・スクリーンに見入った。なお、会場ではヒズブッラー支持者が掲げる同組織の黄色い党旗が当然のことながら目立ったが、同じシーア派組織であるアマル運動の党旗や、レバノン国旗もかなり見受けられ、更にはイラン国旗も少数ながら見られた。

このような内閣樹立の遅れにより、政情不安を懸念する声も高まっているが、5月27日には南部のサイダー近郊において、道路脇に仕掛けられた爆弾により、「国連レバノン暫定軍」(UNIFIL)に所属するイタリア軍兵士が乗車中の車両が破壊された結果、兵士6人が負傷した。レバノン南部ではこれまでも、UNIFILに対する攻撃が発生しており、何れも犯人が特定されていないことから、今後も同様な事件が起こる可能性はあり得よう。

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