2014年6月 タジン・タジン・タジン

2013年の8月に,ベルベルの吟遊詩人を調査するためにモロッコ南西部の町アガディールを訪れた際,一週間ほどの短い滞在でほぼ毎日昼に食べた料理がタジンである。「タジン」は元々「土鍋」の意味であったが,やがて料理そのものの名を指すようになり(典型的な換喩である),手間をかけずに調理出来ることや,そのヘルシーさから近年では日本でもすっかりおなじみである。その時の調査では,当地をフィールドとする成蹊大学の堀内正樹さんと一緒だった上に,AA研で2回講演を行ったアガディール出身のラハセン・ダーイフさん(フランス国立科学研究センター)が里帰り中で同行してくれたので,様々な場所で様々な種類のタジンを味わうことが出来た。因みにタジンは普通,ちぎったパンの皮に具をはさんで食べるので,クスクスのようにそれほど手を汚すことも,また火傷をすることもない。

8月24日,アガディールから車で15分程度北上したタムラグト村の庶民的なレストラン(その名も「タムラグト」)で鶏のタジンを食べた。その界隈では人気店のようで,厨房では幾つものタジンが火にかけられていた。

(「タムラグト」のタジン)
(「タムラグト」の厨房)
(注文してから出て来るまで3時間かかった
田舎風タジン)

翌25日の昼は,ホテル近くのカフェで調査日程の打ち合わせをしているうちに昼になったので,どこで食事をしようかと相談していたところ,店の主人が「うちで田舎風のタジンを作れるよ」と勧めてくれたのだが,これがとんでもないことになる。注文をすると,驚いたことにひとりの店員がそこから歩いて15分以上はかかる市場に食材を仕入れに行ったのである。しかも,肉と野菜は別々に買い出しに行った様子で,注文をしてからようやくタジンにありつくまで約3時間を要した。おまけに代金はダーイフさんによれば,ぼったくりであった。

(タジンとは名ばかりの
イタリア風こってり味のミートボール料理)

26日は街中にある観光客向けのレストランで,何ともいいようのない不味いタジンに遭遇したが,それよりも落胆したのは,港町アガディールで期待していたシタビラメのグリルがほとんど生焼けだったことである。

その悔しさを忘れさせてくれたのが,27日にダーイフさんの実家でご馳走になった白身魚(恐らく鯛の仲間であろう)のタジンである。さすがに家庭料理のタジンは実に繊細な味わいで,デザートに出された,ダーイフさんの義理のお姉さん手作りのお菓子も絶品であった。

(ダーイフ家のタジン)
(ハーシミー家のタジン)

28日は堀内さんの友人である,イブンズフル大学のアフマド・ハーシミーさんのお宅を夕刻に訪ねたが,小一時間程度で辞去しようとしたところ,奥様がタジンを手に現れたのには驚いた。客が来てからでも火にかけておけばいいとは言え,遠来の客人に対するもてなしの心と,手際の良さはまさに賢婦の鑑である。

そして30日の金曜日に,アガディールでの滞在を締めくくるに相応しいタジンにお目にかかった。それは,堀内さんの数十年来の親友であるムスタファーさんが,金曜の礼拝の後に親族や店の従業員たちに振る舞う昼食に招待された時の特大タジンである。10人ぐらいで囲むにしてはみんな悠然と食べていたので不思議に思っていたら,なんとタジンの後に,これまた特大のクスクスが出てきたのだった。

(特大タジン)
(特大タジンの後に出てきた巨大なクスクス)

アガディールでタジンを食べ続けていて気がついたのは,観光客向けのレストラン以外は,概して薄味だったことである。これに対して,例えばパリの多くのモロッコ料理店のタジンは塩気が強く,油も多い。それらは畢竟,西欧人=観光客向けの味なのだろう。

(パリのタジン)

パリのイタリア広場近くや,北西の郊外アニエール=シュル=セーヌに多く住むベルベル人の移民が,彼らの親族や同郷の出身者と共に切り盛りしている店を(たまたま)昼時に訪ねた時,折角だから昼食(無論タジンである)を一緒に食べないか,と二回ほど誘われた。タジンは食べる人間がひとりやふたり増えても,扇形(彼らは「自陣」と呼んでいる)の中心角が少々減るだけなので,こちらもそれほど気を使わないで済むが,自陣の肉片をせっせと掘り出しては客人の陣地に放ってくれるのにはやはり恐縮する。お祈りを捧げた後に頂いたタジンは予想通り,塩加減が絶妙の薄味だった。

(モロッコ南部ティズニット:スィディ・アフマド・ウー・ムーサー廟の祭りで売られていたタジン類)

(小田 淳一)

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