2012年3月 マレーシア 政治的な看板やポスター、横断幕の考察

マレーシアの街中を歩いていると、よく目に付くのが看板やポスター、横断幕だ。しかも、顔写真入りのものが多い。実はこれらに掲載されている人物は、地元の有力政治家がほとんどである。これらに国旗が加わることによって、パッと見では国民的行事を祝う掲示物のように思えるが、さらにこの国の民族・宗教・政治状況を踏まえることによって、俄然面白く眺めることができる。

マレーシアの独立記念日は8月31日だが、毎年この時期になると、国中が国旗や各種ポスターで埋め尽くされて祝賀ムード一色となる。中でも2010年、首都クアラルンプールにある政府系金融機関の本社ビルに登場した、高さ12階分に相当する巨大な垂れ幕は、その大きさで注目を集めた。

(2010年の独立記念日)

国旗を背景に6名の顔写真が描かれているが、彼らはいずれも歴代の首相で、とりわけカラーなのがナジブ現首相だ。そして歴代首相はいずれも、与党連合である国民戦線(BN)に加盟する最大政党で、マレー・ムスリムを支持基盤とするUMNOの所属であることから、穿った見方をすれば、この掲示物は国の独立を祝いつつも、BNも称える意図が見え隠れしているともいえよう。なお、このような垂れ幕は、その巨大さゆえ雨風に晒されると大変脆く、10年ほど前にある政府系企業が巨大な国旗をビルに掲げたところ、わずか数日でビリビリに破れてしまい、かえってみっともない姿を晒し問題になってしまった。大きすぎるのも考えもののようだ。

マレーシアでは、イスラームは連邦の宗教であり、またムスリムが人口の約60%を占めていることから、その影響力は大きい。そのため、イスラームの主要な行事に対して、地元の有力政治家がお祝いする看板を出すことがある。例えば、2011年のラマダーン月の断食明け(イードルフィトリ)を祝う看板として、ムーサ・アマン氏の顔写真入看板が、州都コタキナバルにお目見えした。

(断食明けを祝うコタキナバルの看板)

彼自身UMNOの所属のムスリムであり、なによりサバ州首相というポストに就いていることから、イードルフィトリを祝うことは、個人の信仰からも、政治的立場からもごく自然なことと受け止められよう。しかし、もしも地元政治家がムスリムではない場合は、どうなるだろうか。2010年のイードルフィトリの時期にペナン島に登場した横断幕は、このようなものであった。

(断食明けを祝うペナン島の看板)

掲示物の大きさの違いはさておき、この国の公用語であり、マレー・ムスリムの日常語でもあるマレー語(それも、今日のアルファベット表記と古いジャウィー文字表記を併記して)でイードルフィトリを祝う言葉がこの横断幕には記されているが、注目すべきは、登場している政治家たちの顔ぶれがいずれも華人系であるという点だ。ペナン州は、マレーシアの他の州に比べて華人人口比が高く、州議会は、連邦政府の政権与党連合であるBNと対立する人民連盟(PR)に加盟する、華人を支持基盤とする民主行動党(DAP)が実権を握っている。そのため、州政治の要職を占める華人政治家たちが横断幕を掲げるのはわかるとしても、彼ら自身の宗教ではないイスラームの行事にお祝いを述べるのは、他の民族・他の宗教の人びとへの敬意の表れとみることができよう。もちろんこのケースとは逆に、旧正月のような華人のお祭りが催される際には、マレー・ムスリムの政治家が華語(マンダリン)の看板や横断幕を掲げることがある。たとえ宗教や民族、文化習慣が違ったとしても、相互に尊重しあう精神をこれら掲示物から読み取ることができよう。

さて、政治色豊かな看板やポスターが街を賑やかにしてくれるのは、何といっても選挙のときだ。マレーシアでは、連邦議会下院の解散・総選挙(そして多くの州では州議会選挙とのダブル選挙となる)がもっとも盛り上がる。なぜなら、比例区のない小選挙区制度の下、大半の選挙区がBNの統一候補とPRの統一候補による実質的な一騎打ちとなるからだ。日本では、選挙ポスターは公職選挙法に基づき所定の掲示板にしか掲示できないが、マレーシアの場合は、そのような掲示板はなく、街中いたるところに、それこそ無秩序に候補者や政党のポスター、チラシ、横断幕が乱れ咲く。

(立体歩道の橋脚に無秩序に結び付けられたBNの旗や横断幕)

このような政党の掲示物であるが、上記のイードルフィトリの例と同様、多民族国家マレーシアらしい工夫が施される。2008年の選挙の際、当時のアブドラ首相をあしらったBNのポスターは、それを掲示する地域に合わせて、様々な言語で作成された。例えば、カダザン・ドゥスン族が多いサバ州ではカダザン・ドゥスン語で、華人が多いクアラルンプールでは華語で、ポスターが作成・掲示された。

(カダザン・ドゥスン語のポスター)
(華語のポスター、キャッチフレーズはカダザン・ドゥスン語のものと同一)

上の2点のポスターは、いわば特定の政党連合(の候補者)への投票を呼びかける内容なので、各言語ごとに準備しておけば、あとはどの地域でも使用できる「潰しの利くもの」といえる。しかしながら、立候補者個人のポスターではそうはいかない。言語別に複数のポスターを作成していると、それだけ経費がかさんでしまうからだ。そこで、1枚に複数の言語を詰め込んでしまう戦略をとる候補者もいる。同じく2008年の選挙の際、クアラルンプールの選挙区に立候補した各陣営のポスターがこちら。

(BN統一候補のポスター、天秤がBNのシンボルマーク)
(DAP候補のポスター、ロケットがDAPのシンボルマーク)

一見して分かるとおり、両陣営とも候補者は華人である。この選挙区は華人有権者が多いことを反映しているからだが、候補者の名前は、華語だけでなくタミール語やアルファベット(マレー語と英語で共通)でも書かれており、どの民族、どの言語を話す有権者でも認識できるように工夫が施されている。なお、政党のシンボルマークの横にバツ印が付いているが、これは、実際に投票する際の投票用紙にも、候補者名とシンボルマークが印刷されており、その横にバツ印を記入する仕組みになっていることを反映している。

このように街中を無秩序に彩る選挙ポスター、横断幕であるが、投票日がすぎるとわずか数日できれいに姿を消す。それまでの賑やかさと比べると一抹の寂しさを覚えるものの、それ以上に秩序立って撤去作業が行われる手際のよさに感心させられる。

日本と同様、マレーシアでも議会の解散・選挙の実施が叫ばれて久しい。大方の予想では、昨年中に実施されるとのことであったが、大規模デモ、大物政治家の裁判や贈収賄スキャンダル、選挙制度改革など政局を左右する問題が噴出したため、現時点まで解散時期の見通しが立っていないのが現状だ。選挙が実施されると、またマレーシアは政治的な看板やポスター、横断幕が目白押し状態となるであろう。

(福島 康博)

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