2012年10月

レバノン週報(2012年10月22日〜10月28日)

先週の10月19日に、「内務治安軍総局・情報課」トップのハサン准将が爆殺されたことは、レバノンの内政・治安状況に大きな影響をもたらしている。

事件発生直後から、ハサン准将が2005年2月に発生したラフィーク・ハリーリー元首相爆殺事件捜査や、シリアのアサド政権関係者からレバノンにおけるテロを教唆されていたとの容疑により、本年8月に逮捕されたサマーハ元情報大臣に関する捜査において主導的な役割を果たしていたことから、「3月14日連合」勢力は同政権の関与を疑い、反アサドの言動をエスカレートさせた。また、3月14日連合はミーカーティー内閣が国内の治安維持という責務を果たしていないとの理由から、辞任を迫るようにもなった。この結果、10月14日から15日にかけてはベイルート市内においても、親アサドの「3月8日連合」勢力支持者との衝突事件が発生し、負傷者が発生する事態となった。15日はビジネスや学校共に休業状態となり、弊センターのある「ダウンタウン」はさながら「ゴーストタウン」のようであった。

他方において、ミーカーティー首相は一時辞意を表明したものの、政治的空白を避けるスライマーン大統領の意向もあり、後継首相に関する合意が成立するまでは現職に留める模様である。スライマーン大統領は国内情勢の安定や、来年夏に国会議員選挙を控えていることなどに鑑み、対立する3月8日連合と3月14日連合双方からの納得を得られる「中立的な」人物の首相職就任を望んでいるようである。だが、3月14日連合サイドは、ミーカーティー首相が辞任するまでは後継内閣に関する話し合いには一切応じない、との主張を繰り返しており、故に新内閣が形成されるまでには今しばらくの時間を要しよう。また、3月14日連合は当センター近くにある首相府の前で、内閣辞任を求める座り込みを継続しており、小職は通勤する際に迂回を余儀なくされている。

なお、ハサン准将の事件に関しては、レバノン政府の求めに応じて10月25日に米連邦捜査局(FBI)の一行がベイルートに到着した。現時点では現場検証など、証拠集めの段階にある模様であるが、捜査結果が明るみになった際には対立する3月8日連合と3月14日連合との間でひと悶着があると思われ、今後の展開には注意したい。

レバノン週報(2012年10月15日〜10月21日)

ベイルートのキリスト教徒地区アシュラフィーエの裏通り風景。

ベイルートは10月半ばを過ぎたとはいえ、日中は半袖でも充分な気候が続いている。

さて、シリアにおける内戦状況がレバノン情勢に様々な影響を与えてきていることは、これまでに本リポートで触れてきた。こうした中で今週はレバノンにおいて、4年振りに爆弾テロ事件が発生するに至った。

事件は10月19日の午後3時前に、キリスト教徒が集住している東ベイルートのアシュラフィーエ地区で起こった。現場は、同地区の中心となっているサッスィーン広場の近くで、発生時間帯故に通勤・通学帰りの人々で混雑しており、またカフェなども賑わっていた。自動車爆弾が爆発したことで、事件現場は凄惨な光景となり、また当オフィス近くの駐車場からでも、煙が上がっているのを見ることが出来た(オフィスから現場までは徒歩20分少々)。

当初は、現場近くの、反アサドの立場を掲げている「3月14日連合」勢力の施設や、同連合に属するキリスト教徒組織「カターイブ党」の事務所が標的になったと見なされた。しかしながら、19日の夕方近くには、「内務治安軍総局・情報課」トップのハサン准将が標的となったことが明らかになった。2005年2月に発生したラフィーク・ハリーリー(R・ハリーリー)元首相爆殺事件捜査や、シリアのアサド政権関係者からレバノンにおけるテロを教唆されていたとの容疑により、本年8月に逮捕されたサマーハ元情報大臣に関する捜査において、ハサン准将が主導的な役割を果たしていたことから、3月14日連合サイドは即座に、アサド政権が事件に関与しているとの見解を取った。更に、3月14日連合の中心人物であるサアド・ハリーリー前首相(R・ハリーリーの子息)や、「中立」を標榜しつつも、最近ではシリア問題で同連合との歩調を合わせてきているジュンブラート「進歩社会主義党」党首は、アサド大統領に対する非難声明を発するように、ミーカーティー首相に求めた。だが、ミーカーティー内閣は親アサドの「3月8日連合」勢力に属する閣僚が多数派を占めていることから、同首相にとっては無理な要求であった。そこで、3月14日連合はミーカーティー内閣が国内の治安維持という責務を果たしていないとの理由から辞任を求め、同首相も辞意を表明するに至った。

ミーカーティー首相はその後、スライマーン大統領の慰留により職務に留まっているが、同大統領は既に、後継内閣の樹立に向けた準備を開始していると言われている。スライマーン大統領は国内情勢の安定という観点から、対立する3月8日連合と3月14日連合双方からの納得を得られる「中立的な」人物の首相職就任を望んでいると言われているが、果たしてそのような人物が見出せるのかどうか、心許ない状況である。

なお、ハサン准将の葬儀は10月21日に、オフィスの向かいに位置するムハンマド・アル=アミーン・モスクで執り行われ、同准将がハリーリー家と近しかったことから、遺体は同モスク隣りの「ハリーリー廟」に安置された。葬儀前から、これら施設に面している「殉教者広場」には、3月14日連合支持者が数千人程度終結し、アサド政権に対する非難を主張すると共に、ミーカーティー内閣の辞任を訴えた。なお、葬儀終了後に一部のデモ参加者は会場近くの「リヤード・スルフ広場」に集結し、首相府に向かって投石したり、バリゲートを破壊したりするなどの行動を取った。そのため、警戒中の警官隊と衝突することになり、デモ参加者を押し戻す為に催涙スプレーなどが使われる事態となった。更に、同日夜には北部の都市トリポリなどを中心に、3月14日連合支持者がレバノン各地で古タイヤやゴミ箱を燃やしたり、道路を封鎖するなどの抗議活動が行われ、一部地域では小規模ながら3月8日連合支持者との衝突も発生した。

※ 写真:2012年10月撮影
ベイルートのキリスト教徒地区アシュラフィーエの裏通り風景。

レバノン週報(2012年10月8日〜10月14日)

シリアにおける内戦状況に依然として解決の兆しが見えない中で、「親アサド」の「3月8日連合」勢力と、「反アサド」の「3月14日連合」勢力に大きく二分されているレバノンの政治状況も様々な影響を受けている。とりわけ、3月8日連合を主導するシーア派組織「ヒズブッラー」の戦闘員がシリアに入国し、アサド政権側に加わって反体制派と戦っていることが次第に明るみになるにつれ、3月14日連合サイドは批判を強めている。事実、3月14日連合を主導するスンナ派組織、「未来潮流」に属するシニオーラ元首相は10月10日に、シリア情勢に関与しないことをヒズブッラーに要求した。

他方で、シリア反体制派における主要武装組織の「自由シリア軍」は10月9日に、同軍がヒズブッラー・メンバー13人を拘束していることを明らかにすると共に、ヒズブッラーによるアサド政権に対する支援が続くならば、南ベイルートにある同組織の拠点を攻撃する用意があると言明した。自由シリア軍がレバノン北部を中心に、両国国境地帯に拠点を有していることは確実視されているものの、アサド政権との戦闘状況に余裕があるわけではない同軍は、南ベイルートに兵力を向けられるほどの余力を有してはいないであろう。しかしながら、3月8日連合と3月14日連合の対立構造を考えると、自由シリア軍のこうした主張に共鳴する勢力が今後、レバノン国内で出現しないとも限らず、情勢には注意をする必要があろう。

ところで、イスラエルは10月6日に、同国上空を侵犯した無人偵察機を撃ち落としたことを発表し、その後にはヒズブッラーが関与しているとの見方を発表した。こうした中で、ヒズブッラーを率いるナスルッラー書記長が11日になって、関与を認める声明を発したものの、イスラエルによる報復は現時点では実施されておらず、今後の展開が気にかかるところである。また、3月8日連合と3月14日連合が、ヒズブッラーによる武装維持を巡って対立してきていることから、後者はヒズブッラーによるこうした「独自の」行動が、レバノンをイスラエルとの紛争に巻き込ませることになるとして批判を強めており、故にレバノン国内における両連合の対立構図に与える影響も懸念されている。

レバノン週報(2012年10月1日〜10月7日)

「スローフード」を展開するレストランでの昼食風景。

ベイルートは10月に入ってから、日中は残暑を感じる日もあるものの、ようやく秋らしい気候となり、雨が降りそうな空模様の時もあった。

さて、レバノンの政治地図が「親アサド」の「3月8日連合」勢力と、「反アサド」の「3月14日連合」勢力に大きく二分されている中で、シリアにおける内戦状況が両者の関係に悪影響を与えることが懸念されている。3月8日連合と3月14日連合は、前者に属するシーア派組織「ヒズブッラー」による武装維持や、ラフィーク・ハリーリー(R・ハリーリー)元首相爆殺事件を審理している「レバノン特別法廷」といった問題に関して対立を続けているのみならず、最近では来年に予定されている国会議員選挙に際しての選挙法を巡っても見解を異にしている。

こうした状況において、3月8日連合の中核組織であるヒズブッラーを率いるナスルッラー書記長と、3月14日連合の軸であるスンナ派組織「未来潮流」を率いるサアド・ハリーリー(S・ハリーリー)代表は、報道レベルで見る限り、直接的なコンタクトを取っていない模様である。ナスルッラーがイスラエルによる暗殺を警戒して「隠遁生活」を続けていることや、S・ハリーリーが暗殺の危険によりパリやリヤードといったレバノン国外に滞在していることに起因するが、レバノンの安定にとっては好ましくない状態となっている。

他方、「シリア非難決議」と称される国連安保理決議1559号が成立した2004年9月以降に、レバノン国内が現在と同じようにシリア問題で二分された状況においては、R・ハリーリーが翌年2月に爆殺されるまで、国内安定化の観点からナスルッラーと頻繁に連絡を取り、事態を何とか制御していた。本年10月8日発行のレバノンの英字紙「デイリー・スター」によれば、ヒズブッラーと未来潮流は間接的なコンタクトを有している模様であるが、シーア派対スンナ派の対立状況と大まかには形容可能なシリア情勢が今後、現時点では何とか平穏を保っている3月8日連合と3月14日連合の関係に悪影響を与える可能性があるため、指導者間の「ホットライン」の構築は急を要する問題であろう。

と言うのも、ヒズブッラーはこれまでに、3月14日連合サイドがシリアの反体制派に武器や資金を供給している、と非難してきたが、最近になって、ヒズブッラー戦闘員がシリアへ入国し、アサド政権側に加担して反体制派と戦っていることが、白日の下に晒されているからである。また、シリア国軍による自国領に対する砲撃に対して、トルコ政府が断固たる措置を取ってきているのに対して、レバノン政府は自国民の死者が生じているにも拘らず、「非関与政策」の名の下にシリア国軍による越境作戦を基本的には黙認している。従って、現時点では3月14日連合がミーカーティー内閣のシリア政策に対する批判を高めていないとはいえ、同連合がこの先、トルコ政府と同様な対応をするように現内閣に要求することは想定可能であることから、3月8日連合との微妙な均衡状態が崩れることは充分あり得よう。

※ 写真:2012年9月撮影
ベイルートにおいて、「スローフード」を展開するレストランでの昼食風景。
前菜を中心に盛り付けたが、レバノン料理はこのように野菜を多く使用する。

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