2012年3月

レバノン週報(2012年3月26日〜4月1日)

ビカーア平原の町ザハレ近郊にあるクサーラ・ワイナリー。

国連とアラブ連盟のシリア問題合同特使を務めるアナン前国連事務総長の調停活動が、未だ具体的な成果をあげていない中、レバノンの政治家・組織は依然としてシリア情勢に関して活発な発言を続けている。

シリアの反体制派を構成する主要組織の一つである「ムスリム同胞団」は3月25日に、「アサド後」を睨んだ宣言を発表したが、「3月14日連合」勢力側や、最近再び同連合との距離を縮めているジュンブラート「進歩社会主義者党」党首は翌26日に早速、この宣言を評価した。ジュンブラートはとりわけ、シリアにおける今後のビジョンとして、ムスリム同胞団が中庸と政治的多元主義を明言したことを評価しているが、ドゥルーズ派の領袖でもある彼は27日に、アサド政権に対する抵抗運動に加わることを、シリア在住の同派に呼び掛け、同政権との対立姿勢を一層鮮明にした。

更に、シーア派組織「ヒズブッラー」を率いるナスルッラー書記長が30日に、これまで通りにアサド政権擁護の姿勢を表明すると、ジュンブラートは翌31日に、自由は不可分のものである、と述べることで、同書記長に対するあてつけを行った。

他方でスライマーン大統領は3月29日に、バグダードで開催されたアラブ首脳会議の席上、シリアに戦闘停止などを求めた「アナン・プラン」を支持する旨表面した。しかしながら、アサド大統領は27日に同プランの受け入れを表明したものの、依然として反体制派に対する掃討作戦を続けており、こうした中でレバノンからシリアへの武器密輸が増えている模様である。グスン国防相は31日に、武器密輸の現況に対して警告を発したが、330キロに及ぶ両国の国境線がきちんと画定されていないが故に、不法な越境地点がいくつも存在していることから、その取り締まりが難しいことも認めた。レバノン国軍は27日に、武装したレバノン人とシリア人から成る計10名の一味を国境地帯で拘束したが、これも「氷山の一角」なのであろうか。

※ 写真:2012年3月撮影
ビカーア平原の町ザハレ近郊にあるクサーラ・ワイナリー。
ワインはレバノンを代表する御土産物の一つで、多くの観光客同ワイナリーを訪れ、貯蔵庫の見学や試飲、買い物を楽しんでいる。

レバノン週報(2012年3月19日〜3月25日)

シリアにおける、アサド政権と反体制派との武力対立解消の目処が依然として立っていない中、レバノンに避難しているシリア人が依然として増え続けている。レバノンの英字紙「デイリー・スター」は3月22日付の記事において、シリア人難民が北部レバノンに8000人、ビカーア地方及び南ベイルートに計5000人いるとの、「国連難民高等弁務官事務所」(UNHCR)による最新の報告を記事にした。難民支援を行っている活動家たちは、実際の難民数はこれらの数字よりも遥かに多いと見積もっているが、こうしたUNHCR登録難民数は、3週間前の本週報(2月27日〜3月4日)で触れた数より、何れの地域においても1000人程度増えている。

さて、国連とアラブ連盟のシリア問題合同特使を務めるアナン前国連事務総長は今週末から、アサド政権の「後ろ盾」であるロシアに対する訪問を開始したが、レバノンでも同国に対する動きが見られた。マンスール外相は3月20日に、ラヴロフ外相とモスクワで会談し、その席上ではシリア問題解決に向けた両国の協力関係が確認された。また、反アサドの姿勢を最近鮮明にしてきているジュンブラート「進歩社会主義者党」党首は19日に、レバノン駐在ロシア大使と会談した際、シリア情勢打開には同国の役割が重要との認識を示したが、彼はアサド退陣を呼びかけているものの、シリアに対する武力介入には犠牲者数の増加や、内戦状態の長期化といった観点から反対していることから、ロシアの役割に期待した発言を行ったようである。このように、親アサドの「3月8日連合」勢力を主体とするミーカーティー内閣のみならず、一度離脱した後に、反アサドの「3月14日連合」勢力との距離を再び近づけているジュンブラートまでも、依然としてロシアの役割に期待していることは、とりわけ宗派対立を軸にした内戦状況がシリアで出現した場合の、レバノンに対する波及効果を懸念していることが大きく作用していることであろう。

なお、反アサドのデモは今週も金曜日(3月23日)に、ビカーア地方の町やレバノン第二の都市トリポリ、更には首都ベイルートでも行われ、各々に1000人程度が参集した。

レバノン週報(2012年3月12日〜3月18日)

スルターニーヤ学院の建物

本週報では折に触れて、ワリード・ジュンブラート(W・ジュンブラート)「進歩社会主義者党」党首の、シリア情勢に関する発言を紹介してきたが、バッシャール・アサド大統領(B・アサド)の国際的な孤立状況が高まる中、「風見鶏」で名高いW・ジュンブラートはその動きに同調し、最近では同大統領の退陣を要求するまでに至っている。3月12日には、アサド政権の反体制派への強硬措置により、シリア人犠牲者が増え続けているにもかかわらず、西側諸国が効果的に対処してきていないとして批判したが、16日に父カマール・ジュンブラート(K・ジュンブラート)暗殺35周年式典が、同家の拠点であるムフターラで開催された際には、その墓の上に、シリアの反体制派によって現在用いられている、バアス党体制が同国で成立する以前の国旗を掲げた(K・ジュンブラートはレバノン内戦当時、同国で勢力を誇っていたパレスチナ人の扱いを巡り、B・アサドの父である当時のハーフィズ・アサド大統領と激しく対立した直後に殺害されたため、一般的にはアサド政権が犯行に関わったと見なされている)。

このように、W・ジュンブラートは父の命日に、改めて反アサドの姿勢を明らかにした格好となったが、その後18日にも発言を行い、アサド政権の崩壊が運命付けられていること、及び同政権を支持しているロシアに対してはその支持を止めるように呼びかけた。

なお、今週におけるその他の政治的な動きとしては、「3月14日連合」勢力の中核組織「未来潮流」を率いるハリーリー代表が、その記念日の3月14日に声明を発し、アサド政権に対する敵対姿勢を改めて鮮明にした。他方、「3月8日連合」勢力の中核組織「ヒズブッラー」を率いるナスルッラー書記長は翌15日に、アサド政権の崩壊を期待することは失敗に終わってきている、と述べたが、シリア情勢の展開は引き続きレバノンでの関心を集めており、同国の経済に対する影響も懸念されている。とりわけ、これから観光シーズンを本格的に迎えることから、レバノン経済を支える観光業への打撃が気にかかるところであるが、「デイリー・スター」紙は3月14日付の記事において、国際的な格付け機関である「フィッチ・レーティングス」の発表を引用する形で、2011年に同国を訪れた観光客数が2010年の220万人から24%減少した、と報じた。一昨年の訪問客数が記録的であったとはいえ、減少幅が大きいことから、今後の動向が注目されるところである。

※ 写真:2012年3月撮影
手前の建物は、近代イスラーム世界を代表する思想家のムハンマド・アブドゥ(1849〜1905年)が、1885年から88年までの3年間、教鞭をとったスルターニーヤ学院の建物。当オフィスから徒歩10分のバスター通りに位置しており、現在はイスラーム系の組織が運営する女子高等教育機関となっている。

レバノン週報(2012年3月5日〜3月11日)

ベカーア高原における交通の要所、ザハレ郊外に展示されていた保存車両

アサド政権の反体制派に対する強硬措置が、シリア中部の都市ホムスを中心に続けられる中、レバノンに避難してくるシリア人の数は増え続ける一方である。こうした中、ミーカーティー内閣は「親アサド」の「3月8日連合」勢力を軸に構成されていることから、同首相がシリア情勢に対する「中立」を折に触れて表明してきているものの、結果としてはアサド政権寄りの政策を取ってきている。

さて、今週はシリア人難民の取り扱いを巡り、反体制派を支援している米政府がレバノン側に要望を申し入れる事態が生じた。コネリー駐レバノン大使は3月6日、シャルビル内務相に対して、シリア国軍の離反兵士で構成されている「自由シリア軍」メンバーを含む、全ての民間シリア人を保護するように要請した。

レバノン国軍が4日に、自由シリア軍のメンバー多数を拘束したとされていることを念頭に置いた発言であったが、「シリア・レバノン同胞協力協調条約」(1991年5月締結)においては、両国共に相手の安全保障を脅かす源にならないことが規定されている。従って、レバノン政府は未だ効力を有する本条約遵守の立場からはとりわけ、アサド政権の打倒を掲げて武装闘争を主導する自由シリア軍を保護することは出来ないのであるが、こうした政策は欧米諸国の意に添わない一方、3月8日連合からは支持されている。事実、同連合の中核を成すシーア派組織「ヒズブッラー」のカーシム副書記長は10日、レバノン国内のシリア人難民キャンプがアサド政権に対する攻撃基地になる恐れがあるとして、その設置に反対の姿勢を明らかにした。

ミーカーティー内閣は3月7日の閣議で、コネリー大使の行動を間接的に批判したが、スライマーン大統領も同内閣の「中立」姿勢に歩を揃えている。従って、これまでにアラブ連盟や国連において、アサド政権包囲網構築の動きと距離を置いてきたことと相俟って、レバノンは少なくとも当面の間、国際的に「親アサド」の国家として見なされ続けることになろう。

※ 写真:2012年3月撮影
ベカーア高原における交通の要所、ザハレ郊外に展示されていた保存車両。
レバノンでは現在、鉄道の営業が行われていないが、かつてはベイルート・トリポリ間といった沿岸部のみならず、シリアのダマスカスまで列車で旅することが出来た。

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