2011年12月

レバノン週報(2011年12月26日〜2012年1月1日)

レバノンを代表するバアルベックの遺跡。

レバノンの政治家はこれまで、シリア情勢について様々な発言を繰り広げているが、先週から今週にかけては、レバノンにおける「アル=カーイダ」のプレゼンスをめぐる論議が続いている。グスン国防相(「3月8日連合」勢力に属するキリスト教組織「マラダ潮流」所属)は12月26日、シリアの反体制勢力に扮したアル=カーイダのメンバーが、同国からビカア平原の村に入り込んでいる、と改めて主張した。この発言は、「外国によって武装されたギャング」が反体制派を構成しているとの、アサド政権の主張に添っていることから、反体制派支持の「3月14日連合」勢力からの反発を招いており、同勢力の中核を成すスンナ派組織「未来潮流」を率いるサァド・ハリーリー(S・ハリーリー)は同日夜、グスンの発言を退ける声明をツイッターで発表した(S・ハリーリー代表は「身の安全」を理由に、パリやリヤードに滞在している)。

他方、スライマーン大統領と近しい関係にあり、その信頼が厚いシャルビル内務・地方行政相は翌12月27日、アル=カーイダが組織としてレバノンに存在していることを否定し、同国には支持者がいるのみである、との発言を行った。その後28日には、ミーカーティー首相がシャルビル発言に対する支持を表明する中、スライマーン主宰の「高等軍事委員会」は翌日、レバノン・シリア国境の警備強化を確認した。

なお、12月30日にはシャルビルが改めて同様な見解を披露したが、「内務治安軍総局」の退役将校の発言であることから、その発言は一定の説得力を有していよう。ただ、アル=カーイダでなくとも、「民主化」要求運動が展開される傍ら、シリアの反体制勢力の中に「サラフィー主義者」(初期イスラームの原則や精神への回帰を目指す思想を奉じている者たち)が入り込んでおり、レバノンを含めた隣国を拠点に、シリアへの出入りを行っていることは確実視されている。従って、グスン発言はレバノン・シリア国境地帯を出入りしているイスラーム勢力の動向に対する注意喚起の意味合いを込めて、やや大げさな表現を伴ってなされたとも見なせよう。

※ 写真:2011年12月撮影
レバノンを代表するバアルベックの遺跡。
首都ベイルートから車で2時間程度かかるが、ユネスコの世界遺産であることから、多数の観光客が訪れる。

レバノン週報(2011年12月19日〜12月25日)

「ベイルート・スーク」に設置された巨大なクリスマスツリー。

レバノン南部においては11月下旬から、背景が特定出来ない事件が発生してきている。11月29日には、イスラエルに対して発射されたロケット弾が同国に着弾したことから、同軍がレバノン領内(国境地帯)に対する反撃を行った。その後12月に入ってからは9日に、「国連レバノン暫定軍」(UNIFIL)のパトロール車輛がスール近郊において攻撃を受け、乗車中の仏軍兵士5人が負傷した。また、11日にはイスラエルに向けてロケット弾が発射されたが、レバノン領内に着弾する結果に終わった。更に、レバノン国軍は19日、同軍所属のパトロール車輛がハースバイヤー郡において、発射準備が整っていないロケット弾4発を発見したことを明らかにした。何れにせよ、こうした事件を通じて、欧州・アラブ諸国からの経済制裁を受けているシリアのアサド政権が、これら諸国に対して「政治的メッセージ」を送っていると指摘出来る一方、同政権が国内情勢に傾注せざるを得ないこの機に乗じて、イスラエルの側がレバノン南部を不安定化させ、シーア派組織「ヒズブッラー」に対する攻撃の口実を作ろうとしているとの分析も可能である。

他方、UNIFILの中核を成す仏軍が、先の事件や本年7月に発生した同様な事件の影響から、規模を縮小するのではないかとの観測がなされていた件に関しては、仏外務省関係者が12月20日、従来通りの兵士数(1300名規模)を維持する意向を明らかにした。仏軍は、1978年のUNIFIL創設以来中心的な役割を果たし、また現在では世界36ヶ国が兵士を派遣している中で、総数の一割を占めていることから、その動向はレバノン、とりわけ南部情勢の先行きを占う観点から、内外の注目を集めていた。スライマーン大統領は23日、仏軍部隊の司令部を訪問すると共に、9日の事件で負傷した仏軍兵士を見舞うことで、仏政府の決定に謝意を表した。

なお、シリア情勢については引き続き、レバノンの政治家が様々な発言を繰り広げているが、12月23日にダマスカス中心部の治安関係施設2ヶ所に対し、自動車を用いた連続自爆テロが発生したことに関しては、ヒズブッラーとスンナ派組織「未来潮流」が即座に対照的な見解を繰り広げた。すなわち、前者は米国の関与を指摘したのであるが、後者を率いるサァド・ハリーリー代表は、アサド政権による「自作自演」との見解を披露したのであった。

※ 写真:2011年12月撮影
JaCMESオフィスから徒歩5分の「ベイルート・スーク」に設置された巨大なクリスマスツリー。
高級レストランやブランド物のショップが並ぶこのショッピングセンターは、クリスマス前ということもあってとても賑わっていた。

レバノン週報(2011年12月12日〜12月18日)

カフェ「エトワール」で、ランチに供されたモロヘイヤの定食

レバノン南部スール近郊にて、「国連レバノン暫定軍」(UNIFIL)の仏軍パトロール車輛が、先週の12月9日に攻撃を受けたことに関して、アサド政権に対する批判を最近一層強めていた仏政府は、シリアによる関与の可能性を指摘している。こうした中、レバノンにおける「野党」の「3月14日連合」勢力側は、シリアのアサド政権と緊密な関係を持つシーア派組織「ヒズブッラー」が、同政権の意を汲んで攻撃を行ったとの見方を示しているが、シリアとヒズブッラーは12日、共に自らの関与を否定した。

ところで、3月14日連合とヒズブッラーは12月14日、国会において激しい舌戦を繰り広げた。

同連合に属する「カターイブ党」のサーミー・ジュマイイル(S・ジュマイイル)議員が、自らの選挙区であるマトン郡における、ヒズブッラーによる「私的な」固定通信回線の設置を問題視したことに対して、同組織に属するムーサウィー議員が反発し、果てはS・ジュマイイルに対する個人攻撃まで行った。この結果、S・ジュマイイルを含む3月14日連合勢力側の議員が、一時的に退席する事態となったが、ムーサウィーは翌15日、S・ジュマイイルに対して陳謝した。米国やイスラエルなどによるスパイ行為対策から、ヒズブッラーは独自の通信網を必要としているのであるが、2008年5月には本件が閣議で取り上げられたことを契機に、同組織の支持者がベイルートなどで武装抗議行動に出た結果、「内戦の一歩手前」とまで形容された事態が生じた。こうしたことから、今回の国会における両者の対立の先行きが心配されたのであるが、結果的には大事にならず終息した。しかしながら、ヒズブッラーは最近、米中央情報局(CIA)のスパイの、レバノンにおける「大っぴらな」活動を問題視する発言を繰り返していることから、通信網の問題が蒸し返された場合には、同様な対立構図が再現されることになろう。

なお、ラフィーク・ハリーリー爆殺事件を審理している「レバノン特別法廷」に対する本年分の負担経費が、ミーカーティー首相の判断により、首相府の運営費の中から11月30日に支払いがなされたことは、以前に触れた通りであるが、「レバノン銀行協会」は12月15日、同協会が満場一致で首相府にその費用3200万ドルを寄付したことを明らかにした。

※ 写真:2011年12月撮影
故ラフィーク・ハリーリー元首相が贔屓にしていたカフェ「エトワール」で、ランチに供されたモロヘイヤの定食。
オフィス周辺の定食屋でも食べることが出来て、人気が高い。

レバノン週報(2011年12月5日〜12月11日)

「南部県」における工業・漁業の中心地サイダーの裏通り風景。

先週の11月29日に、レバノン南部からイスラエルに対して、「アル=カーイダ」と関係を持つパレスチナ系組織によるものと見られるロケット弾が発射され、それに対してイスラエル国軍がレバノン領内(国境地帯)に対する砲撃を行ったことに対し、レバノン政府は12月5日、国連に苦情を申し入れた。ところが、この事件の記憶も新しい9日朝には、レバノン南部のスール近郊において、道路脇に仕掛けられた爆弾により、「国連レバノン暫定軍」(UNIFIL)のパトロール車輛が攻撃を受け、乗車中の仏軍兵士5名が負傷し、またレバノン人1名が巻き添えを食うという事件が発生した。UNIFILに関しては最近、5月27日に伊軍兵士6名が、また7月26日に仏軍兵士6名が、共に南部のサイダー近郊において、道路脇に仕掛けられた爆弾による車輛攻撃に遭い、負傷する事件が発生している。

今回の事件もこれまでと同様、犯人や動機などは「迷宮入り」する可能性が高いが、7月のケースに続いて仏軍が狙われていることから、シリア情勢との関連を指摘する声が出ている。と言うのも、仏政府がここ最近、アサド政権に対する批判を一層強めていることから、同政権がレバノンにおける「子飼いの」組織や人物などを唆して、UNIFILに対する攻撃を行わせることで、仏政府に「政治的メッセージ」を送っていると推測可能だからである。ジュッペ仏外相は12月11日、確証を得てはいないとしながらも、シリアによる関与の可能性を指摘しており、UNIFILにおける仏軍の役割見直し発言(9日、同外務省報道官)と合わせ、フランスによる今後の出方が注目されるところである。

なお、シリア情勢は引き続き、レバノン内政に様々な影響を及ぼしているが、シーア派組織「ヒズブッラー」を率いるナスルッラー書記長は12月6日、同派の行事「アーシューラー」の祭典において、アサド政権支持を改めて言明した。南ベイルートのハーレト・フレイク(通称ダーヒヤ)で行われた同祭典には、ナスルッラー本人が15分程度参加し、2006年夏の「レバノン戦争」以来、イスラエルによる暗殺を恐れて滅多に公の場に姿を現さない同書記長を「生で」見られたことから、参加者は大変感激している模様であった。しかしながらその反面、ナスルッラーの警護担当者は何時に増して険しい顔付きであり、レバノンが置かれている厳しい対外環境を、テレビ放映を通じてではあるが改めて実感させられた。

※ 写真:2011年12月撮影
「南部県」における工業・漁業の中心地サイダーの裏通り風景。
この近くには、レバノンでは珍しい伝統的なアラブ風のスークも存在し、地元の買い物客に加え、観光客も訪れている。

レバノン週報(2011年11月28日〜12月4日)

Security Middle East Show 2011。

これまで、ラフィーク・ハリーリー爆殺事件を審理している「レバノン特別法廷」に対する、同国の本年分負担金(3200万ドル相当)を巡る閣内対立が続いてきていたが、今週になって突如支払いがなされた。「国際公約」重視を掲げるミーカーティー首相は11月30日の会見において、首相府の運営費の中から支払いを行ったことを明らかにし、12月15日の支払い期限が迫る中、レバノンと国連、並びに欧米諸国との関係悪化は避けられることになった。しかしながら、ミーカーティーが閣内の了解を得ずに、レバノン中央銀行に対して「独自に」支払いを行わせたことは、同内閣で多数派を占める「3月8日連合」勢力からの批判を招いている。

とりわけ、メンバー4人がレバノン特別法廷から訴追されていることから、シーア派組織「ヒズブッラー」を率いるナスルッラー書記長は以前から、同法廷に対する敵対姿勢を取ってきていたが、12月1日にはミーカーティーの対応を批判する発言を行った。また、3月8日連合内のキリスト教勢力「自由国民潮流」に関しては、党首のアウンはナスルッラーと同じスタンスを取っているものの、議員の中にはミーカーティーの行動を支持している者もいる。何れにせよ、レバノン特別法廷に対する経費負担が結果的に実行されたことは、「野党」の「3月14日連合」勢力からの支持は得られたものの、閣内対立の解消には結び付いておらず、またアウン側はミーカーティーに対して1日に、閣議で取り上げるべきイシューとして、レバノンの政治経済に関する様々な要求事項を突き付けていることから、首相サイドは難しい政権運営を今しばらく続けることになろう。

なお、シリア情勢も気にかかるところであるが、今週も先週に引き続き、日曜日恒例となっていた西ベイルート・ハムラー地区における「親アサド」のデモは行われず、同国の情勢を肌で感じる機会はなかった。しかしながら、レバノン・シリア国境では避難民や武器の密輸を巡る問題が多々生じていると言われ、またイスラエル側では、アサド政権が国内情勢に対する内外の眼を逸らす為に、同国に対して何らかの行動を仕掛けるとの観測も出ている。こうした中、11月29日にはレバノン側からイスラエルに対してロケット弾が発射され、それに対してイスラエル国軍がレバノン領内に対する砲撃を行った。「アル=カーイダ」と関係を持つパレスチナ系組織によるものと見られているが、ヒズブッラー、イスラエル共に事態をエスカレーションさせなかったことから、直ぐに鎮静化したのは幸いであった。

※ 写真:2011年11月撮影
Beirut International Exhibition & Leisure Centerで、11月28日から30日にかけて開催されたSecurity Middle East Show 2011。 「レバノン国軍」や「内務治安軍」など、政府関係のブースに加え、安全保障や治安関係の企業ブースが並んでいた中、中国人の参加も目立っていた。

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