2011年9月

レバノン週報(2011年9月26日〜10月2日)

初代首相を務めたリヤード・スルフの銅像と国連「西アジア経済社会委員会」(ESCWA)の建物。

シリアにおける政権側と反体制側との激しい対立が続く中、アサド政権がシーア派の一派とされているアラウィー派を基盤とし、反体制勢力側がスンナ派を軸に構成されていると見られていることから、レバノンのシーア派・スンナ派関係に対する影響が懸念されている。と言うのも、シーア派主導の「3月8日連合」勢力と、スンナ派主導の「3月14日連合」勢力が、レバノンにおける重要な対立争点に関して、「ゼロサムゲーム」を展開しているからである。すなわち、ラフィーク・ハリーリー爆殺事件を審理している「レバノン特別法廷」や、シーア派組織「ヒズブッラー」の武装といったイシューに関して、双方が妥結点を見出すように行動しているとは、言い難い状況が続いているのである。

こうした中、3月8日連合側がアサド政権を、3月14日連合サイドは反体制勢力を支持する声明を、それぞれ発し続けているが、双方共に街頭示威行動は自粛しており、小規模なデモが散発的に発生しているのに留まっている。従って、懸念されていたレバノンにおける治安情勢の悪化は現時点で避けられているが、他方で経済的な影響が心配され始めている。

その背景に存在するのが、レバノンのシリアに対する輸出額が2010年に2億2080万ドルに達し、同国の全輸出額の5.2パーセントを占めるに至っている中(参考までに、2009年の輸出額は2億2540万ドル、2008年は2億2390万ドルであり、全輸出額に占める割合はそれぞれ6.5パーセントと6.4パーセント)、シリア政府が欧米諸国による経済制裁に対する外貨節約を目的に、5パーセント以上の関税がかかる品目の輸入を禁止するとの決定を、9月22日に下したことである。影響を特に蒙ると言われているのはレバノンの食品加工業であるが、レバノンは対シリアのみならず、同国を経由してのサウジアラビアやヨルダンに対する陸上輸送路の起点ともなっていることから、シリア情勢がその経済状況に与えるインパクトは無視出来ないものとなっている。

なお、米国政府は最近、レバノンの銀行に存在しているシリア人の預金に関する非公式な問い合わせを、IMF会合出席のために渡米していたサファディー財務大臣とサラーマ中央銀行総裁にしてきたとのことである。その預金額は30億ドル未満とされているが、今後の米国の出方次第では両国関係に影響を及ぼすこともあり得よう。

※ 写真:2011年9月撮影
フランスから独立(1943年)後のレバノンにおいて、初代首相を務めたリヤード・スルフの銅像と国連「西アジア経済社会委員会」(ESCWA)の建物。世界各地で国連施設に対する襲撃事件が発生している現在、同建物前の道路が今週になって閉鎖され、周辺での交通渋滞を引き起こした。

レバノン週報(2011年9月19日〜9月25日)

西ベイルートの中心ハムラー地区で見かけた太陽光発電パネル。

パレスチナ自治政府は9月23日、米国やイスラエルの強い反対にも拘わらず、国連に対して加盟申請書を提出した。そこで、レバノンにおけるパレスチナ人・組織や、シーア派組織「ヒズブッラー」のレバノン・イスラエル国境付近の動向に対して、イスラエル国軍は神経を尖らせていたものの、事態は平穏なままに推移した。なお、在ベイルートの米国大使館は、自国民に対する注意勧告を発していたが、同大使館前での抗議活動なども生じなかった。

さて、マロン派トップのラーイー総大司教が、一定の留保を設けながらも、反体制勢力に対する弾圧を続けているシリアのアサド政権の存続や、ヒズブッラーの武装維持といったイシューに関して理解を示した発言を9月8日に行い、それに対して「3月14日連合」勢力側が当初は批判的なスタンスを取ったが、先週になって一先ず「矛を収めた」ことは、これまでのレポートで触れてきた通りである。

しかしながら、ラーイーはマロン派総大司教としては初めて、24日から3日間の日程で、ヒズブッラーの影響力が強いレバノン・イスラエル国境地帯の訪問を開始した。今回の訪問では、キリスト教やイスラーム双方の聖職者や政治家、有力者らとの会談をこなしているものの、その主目的は前任者のスファイル総大司教が在任中、とりわけ2000年以降に「反シリア」を掲げてアサド政権との対決姿勢を強め、またヒズブッラーの武器保有を問題視したことにより、悪化の一途を辿ったマロン派とシーア派、とりわけヒズブッラーとの関係を改善することにある。こうしたことから、ヒズブッラーを主軸とする「3月8日連合」勢力側は一様に、今回のラーイー訪問を歓迎しており、「国民の団結を強化する愛国的かつ歴史的な訪問」との発言もなされている。

他方でスファイル前総大司教は9月24日に、3月14日連合に属するキリスト教勢力「レバノン軍団」主催による、内戦中に犠牲となった同メンバーを追悼するミサを主宰した。ジャアジャア同軍団指導者のみならず、ジュマイイル・「カターイブ党」党首やシャムウーン・「国民自由党」党首といった、3月14日連合側の他のキリスト教勢力指導者などが参加する中、スファイルは政治的な発言を差し控えたが、ラーイー現総大司教と3月14日連合との関係が微妙なものとなっている中、前総大司教は参加者から熱烈な歓迎を受けた。

このように、マロン派の前・現総大司教が、各々の政治的立場を体現するかのような動きを取った今週末であったが、このことは現代のレバノンにおける二大政治勢力である3月14日連合と3月8日連合が有する対立争点に関して、マロン派教会内における政治的立場の統一がなされていないことを意味しよう。しかしながら他方では、2人がそれぞれの勢力に対する「肩入れ」を行うことで、マロン派教会としての「中立性」を確保していると見ることも出来よう。

※ 写真:2011年9月撮影
西ベイルートの中心ハムラー地区で見かけた太陽光発電パネル。
慢性的な電力不足が続くレバノンでは、設置の増加が今後期待される。

レバノン週報(2011年9月12日〜9月18日)

JaCMESオフィスの至近距離に位置する「殉教者広場」。

マロン派トップのラーイー総大司教が先週の9月8日にパリで行った発言は、今週も引き続きレバノンの政治家から大きな関心を集めた。「反アサド」並びに「ヒズブッラーの武装解除」を掲げる「3月14日連合」勢力は、ラーイー発言が一定の留保を設けながらも、反体制勢力に対する弾圧を続けているシリアのアサド政権の存続や、レバノンにおけるシーア派組織「ヒズブッラー」の武装維持といったイシューに関して理解を示したことから、批判的なスタンスを取ってきた。他方、かつては3月14日連合の中心的人物でありながら、2009年夏以降に同連合と距離を置いていたジュンブラート「進歩社会主義者党」党首・議員は、12日のラーイー発言を問題視するコメントで注目された。

このように、「風見鶏」とも評されるジュンブラートが3月14日連合側と同一内容の見解を表明したことは、レバノンの政局に今後どのような影響を与えるであろうか。

なお、ラーイー発言に対しては、スライマーン大統領やミーカーティー首相も、同発言を擁護する見解を表明しているが、本人はこれほどのインパクトを与えるとは思っていなかったようである。故に、ラーイーは今週になって「火消し」に出ており、アサド政権やヒズブッラーに関する自らの発言が恣意的に引用されている、との見解を示した。この結果、3月14日連合側のラーイー発言に対する批判的な姿勢が、週半ばまでに収まりを見せたことから、同連合とその「精神的支柱」とも言える総大司教との関係は、一先ず落ち着きを取り戻したようである。/p>

ところで、これまでのレポートで述べてきたとおり、シリア情勢はレバノンにも様々な形で影響を及ぼしてきているが、9月12日にはバッシャール・アサド(B・アサド)大統領がダマスカスにおいて、グスン国防相と会談した。レバノンの「反アサド」勢力からシリアの反体制勢力に対する武器密輸が言われている中、B・アサドはレバノン側のこれまでの対応を評価したとのことである。しかしながら他方で、シリア国軍はレバノンへ避難する自国民の動向に目を尖らしており、レバノン領土へ侵入しての追跡も、小規模ながら継続されている。15日にはその過程で、レバノン人1名が国境付近で負傷しており、今後もこうしたことが生じるならば、レバノン国軍の役割が問われることにもなろう。

※ 写真:2011年9月撮影
JaCMESオフィスの至近距離に位置する「殉教者広場」。
左手前の建物が通称「ハリーリー廟」、左奥の建物が「ヴァージン・メガストア」。2001年夏に同メガストアがオープンした際には、ブランソン・「ヴァージングループ」会長もセレモニーに参加した。

レバノン週報(2011年9月5日〜9月11日)

JaCMESオフィスから徒歩2分の至近距離に位置する通称「ハリーリー廟」。

これまで、隣国シリアにおけるアサド政権の反体制勢力への弾圧を巡り、レバノンの二大政治勢力である「3月8日連合」勢力と「3月14日連合」勢力がそれぞれ、「親アサド」、「反アサド」の姿勢を取っていることを指摘してきた。こうした中、今週は3月14日連合勢力の「精神的支柱」と言えるマロン派の総大司教が注目すべき発言を行った。ラーイー総大司教は9月8日、バッシャール・アサド(B・アサド)大統領に対して、改革並びに反体制勢力との対話を行えるような時間的余裕を、国際社会が与えることを訪問先のパリにおいて要請した。ラーイーはまた、B・アサドを欧州(筆者注:実際は英国)で教育を受けた、開かれた心の持ち主であると述べた。

更に、レバノンにおけるシーア派組織「ヒズブッラー」の武器所有は問題ではあるものの、国際社会がイスラエルに対して、レバノンにおける占領地(筆者注:具体的には南部レバノンに位置する「シャブア農場」)から撤退するように圧力を行使しない現況を鑑みるに、同組織には国土防衛上から武器を保有する権利がある、との認識を示した。

このようなラーイー発言は翌9月9日に早速、3月14日連合に属する議員らの批判を招いた。と言うのも、前任者であるスファイル総大司教が在任中、とりわけ2000年以降に「反シリア」を掲げてアサド政権との対決姿勢を取り、またヒズブッラーの武器保有を問題視してきたからである。他方で、ヒズブッラーの属する3月8日連合サイドは当然のことながら、今回のラーイーによる発言を好意的に捉えているが、11日にはミーカーティー首相も評価する旨の発言を行った。なお、ミーカーティーは同日に、ラフィーク・ハリーリー(R・ハリーリー)元首相爆殺事件を審理している「レバノン特別法廷」に対する同国の負担金を、閣内勢力であるヒズブッラーからの強い反対が存在するにも拘わらず、支払う意向であることを改めて表明した。ミーカーティーのこうした言動は、ヒズブッラーと「是々非々の関係」を築くことで、3月14日連合からの反発を抑える意図をも有していることから、同首相は国内勢力のバランスに配慮した政策を遂行していると言えよう。

※ 写真:2011年9月撮影
JaCMESオフィスから徒歩2分の至近距離に位置する通称「ハリーリー廟」。
2005年2月に爆殺されたR・ハリーリー元首相はじめ、側近、ボディガードらの遺体が安置されている。ベイルート市の中心的な空間である「殉教者広場」に面している。

最近の投稿

Recent Entries

アーカイブ

Archive

Copyright © Field Archiving of Memory  〒183-8534 東京都府中市朝日町3-11-1  TEL: 042-330-5600
Copyright © Field Archiving of Memory    3-11-1 Asahi-cho, Fuchu-shi, Tokyo 183-8534    Tel: 042-330-5600